

マルチェロ・ガンディーニがカウンタックをデザインした1971年は、人類が初めて月面に到達した1969年からわずか2年後のことでした。ガンディーニ自身が語るところによれば、巨大なロケットが力強く地面から飛び立つシーンに世界中の人々がときめいた時代背景が、カウンタックの未来的なスタイリングを生み出す原動力となったのです。「スタイルは常にエモーション(emotion)から生まれる」という彼の哲学は、まさに宇宙開発という20世紀最大の伝説から着想を得ています。
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このデザイン哲学は、それまでの自動車デザインの常識を根本的に覆すものでした。ガンディーニは当時、「何か新しいもの、他とは違ったもの、デザイン的に今までになかったことを成し遂げる方法を根本的に変えなければいけない」と感じていたと述懐しています。カウンタックのデザインは単なる造形美ではなく、時代の転換点を象徴する芸術作品としての意味を持っていたのです。
興味深いことに、ガンディーニは1968年のパリオートサロンで発表したアルファロメオ「33 カラボ」で、既にカウンタックに通じるウェッジシェイプの原型を提示していました。この実験的なコンセプトカーでの経験が、後のカウンタックLP500プロトタイプの開発に直接的に活かされることになります。
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カウンタックの象徴とも言える「ウェッジシェイプ」(くさび形)のデザインは、実は機能性から生まれた必然の形でした。カウンタックを生み出したもう一人の重要人物、エンジニアのパオロ・スタンツァーニが考案した革新的な「LPレイアウト」(Longitudinale posteriore:エンジン縦置きミッドシップの意味)が、このデザインの基礎となっています。
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スタンツァーニは先代モデルのミウラが抱えていた問題点を解決するため、エンジンを縦置きにし、さらにギアボックスをエンジンの前側に配置するという極めて斬新なレイアウトを考案しました。このレイアウトによってギアボックスをコクピットの2つのシートの間に配置でき、ホイールベースを2,450mmという短さに抑えることに成功しています。通常フロントオーバーハングに置かれるラジエーターはエンジン両サイドに横置きに設置され、その下にフューエルタンクを配置するという徹底的な空間効率化が図られました。
参考)パオロ・スタンツァーニ - Wikipedia
この技術的制約が、ガンディーニに短く平べったいプロポーションを描かせることになりました。乗員2名用の十分なキャビンスペースを確保しつつ、極限まで低く抑えられた車高は、戦闘機を思わせる極端なウェッジシェイプとして結実したのです。フロントからリアに一直線の「ワンモーション」なプロポーションと、キャビンを前方に配置した「キャブフォワード」レイアウトは、後の歴代ランボルギーニモデルのDNAとして現代まで受け継がれています。
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カウンタックのもう一つの象徴であるシザードア(シザーズドア)もまた、「そうでなければ乗り降りできない」という必然から生まれた機能的なデザインです。極端に低い車高と短いホイールベース、そして広いドアパネルという設計上の制約により、通常の横開きドアでは乗降が困難になることが判明しました。
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ガンディーニはこの問題を逆手に取り、ドアを斜め上に跳ね上げるという革新的な解決策を提示しました。この天に向かって舞い上がるようなドアの開き方は、単なる機能的解決策を超えて、カウンタックの劇的な存在感を決定づける重要な要素となりました。実際、真後ろの視界が極めて悪いことから、バックする際はドアを跳ね上げて体を乗り出す必要があり、これもまたカウンタックならではの個性的な運転スタイルとして語り継がれています。
参考)シザードアが象徴するランボルギーニの魅力と伝説的モデルたち!
興味深いのは、カウンタックという車名の由来も、開発中の深夜にガンディーニが冗談半分で提案したイタリア北西部の方言「クンタッチ」(驚いた、という意味)から来ているという点です。テストドライバーのボブ・ウォーレスに発音を確認し、「アングロサクソン人の耳にどう聞こえるか」を試した結果、発音可能だったため採用されたという逸話が残っています。
参考)https://www.esquire.com/jp/car/car-news/g25257225/lifestyle-car-marcellogandini-s-birthday18-0823/
1970年代後半の日本において、カウンタックは「スーパーカーブーム」の絶対的な主役として君臨しました。このブームの火付け役となったのが、1975年から1979年にかけて週刊少年ジャンプで連載された漫画『サーキットの狼』です。それまでの日本の車漫画には架空の車種しか登場していませんでしたが、『サーキットの狼』はカウンタックをはじめとする実在するスーパーカーを登場させ、その「リアルさ」が少年や大人たちの心を掴みました。
参考)【1分でわかるカウンタック】#2 スーパーカーブームの花形!…
中でも、カウンタックの極端に低い車高やシザードア、リトラクタブルヘッドライトなど目を惹くデザインが強い人気を呼び、ブームの主役を張っていました。スーパーカー消しゴム、スーパーカーカード、鉛筆、排気音を録音したレコードなどのグッズが大流行し、ブームを支えたのは子どもたちだったと言っても過言ではありません。1977年には東京12チャンネル(現テレビ東京)で『対決! スーパーカークイズ』が始まるなど、マスメディアの力も加わってブームは絶頂期を迎えています。
参考)ブーム真っ盛りの頃のフェラーリやランボルギーニのお値段
当時の少年たちにとって、カウンタックは手の届かない夢の象徴でした。カメラ片手に街中を駆けめぐり、伝説の販売店「シーサイドモータース」の前でカメラを構え、スーパーカーショーで並んだ実車に興奮する姿が、全国で見られる光景となりました。50年近い年月が経った現在でも語り継がれるこのブームの強烈なインパクトは、カウンタックというクルマが持つ文化的影響力の大きさを物語っています。
カウンタックのエクステリアデザインで特徴的なのは、徹底的に直線を基調とした造形です。角張ったデザインは一目で見分けがつくほどの個性を持ち、先代のミウラや後継モデルのディアブロと比べても明確に識別できます。側面から眺めると、サイドウインドウを上下に2分割するフレームが見え、下半分しか開けることができません。窓は10cmほどしか開かないため、頭を出すことは不可能という実用上の制約もありますが、これも独特のデザインの一部となっています。
参考)ランボルギーニ・カウンタック|歴史から中古車情報まで
カウンタックのデザイン上の大きな特徴は、側面のグラスエリアとドアパネルの比率がほぼ1:2であることです。この比率は、ランボルギーニが後に生産した車種にも引き継がれており、ブランドアイデンティティの重要な要素となっています。また、リアホイールアーチ上部を斜めにカットしたデザインは、ガンディーニの多くの作品に見られる特徴的なスタイリング要素として知られています。
参考)マルチェロ・ガンディーニ - Wikipedia
インテリアについても、エクステリアと同様に直線を基調としたデザインが採用されています。メーター類はすべてアナログ表示で、長方形の「箱」に各種計器が収められており、中央部にはシンプルなシフトレバーがあるクラシックな構成です。現代のスーパーカーのような多くのスイッチ類はなく、シンプルで機能的なコックピットは、ガンディーニの「機能から形が生まれる」という哲学を体現しています。
ランボルギーニ公式サイト - カウンタックの歴史
ランボルギーニの公式サイトでは、カウンタックの各世代(LP400、LP400S、5000 Sなど)の詳細な技術仕様や進化の過程が紹介されており、カウンタックの歴史を知る上で貴重な一次情報源となっています。
webCG - 追悼マルチェロ・ガンディーニ(前編)
2024年3月13日に85歳で亡くなったガンディーニ氏の功績と、彼がデザインしたランボルギーニ・ミウラやカウンタックの詳細について、専門的な視点から解説されています。
| モデル名 | 生産年 | 主な特徴 | 排気量 |
|---|---|---|---|
| LP400 | 1974-1978 | 初代モデル、ピュアなウェッジシェイプ | 4.0L |
| LP400S | 1978-1982 | オーバーフェンダー、テレフォンダイヤルホイール | 4.0L |
| 5000 S | 1982-1985 | 排気量アップ、約5Lエンジン搭載 | 5.0L |
| 25周年記念 | 1988-1990 | サイドウインドウが一体化、最終モデル | 5.2L |
1974年から1990年までの16年間に約2,000台が生産されたカウンタックは、スーパーカーとしては異例の長寿モデルとなりました。1970年代中盤から80年代終わりの日本の好景気の中で、成功を収めた実業家が多数購入し、現在も国内で流通しています。カウンタックの基本設計は、その後のディアブロ、ムルシエラゴ、現行のアヴェンタドールまで受け継がれ、スタンツァーニが創り上げた素晴らしき直系の子孫として進化を続けています。
参考)どうして人は昔のクルマに惹かれるのか【EDGE TIME T…
💡 豆知識: カウンタックの開発コードLP112は、「LPレイアウト(縦置きエンジンミッドシップ)を採用した最初(=1)の12気筒モデル」という意味を持っています。2021年に発表された新型「カウンタックLPI 800-4」の限定台数112台は、この開発コードに由来しており、ランボルギーニの歴史への敬意が込められています。
参考)新型「カウンタックLPI 800–4」を試乗してわかった「由…
ガンディーニとスタンツァーニという二人の天才が生み出したカウンタックは、単なる高性能車を超えた文化的アイコンとして、今なお世界中のカーファンの心を捉え続けています。宇宙開発という時代の熱狂から生まれた未来的なデザインと、徹底的な機能追求から生まれた革新的なレイアウトの融合は、自動車デザイン史における不朽の傑作として、永遠にその輝きを失うことはないでしょう。
参考)天才「ガンディーニ」シャイな彼が残した遺言 ミウラやカウンタ…